人生のレールを外れた男の物語

社会の歯車から外れたらどうなるか、私の友人の実体験を元に、綴ろうかと思う。

5.縁故

彼は、彼が学生時代の恩師の縁故で、当時の会社に入社した、いわば裏口入社に近い。

故に、3ヶ月位で辞めたくなった気持ちも有ったが、ここで辞めたら恩師の顔に泥を塗る形になってしまう。

 

今の時代の縁故入社したりした若い世代は、そんな事は考えず、嫌だと思ったら辞めるのが当たり前なようだが、人一倍彼は、迷惑をかけるのを嫌った。

 

故に、彼は、我慢し続けた。

どんな罵詈雑言にも耐えた。

辞めて恩師の顔に泥を塗る醜態を晒すのを嫌がった。

 

今の時代なら、パワハラが酷いから、とかで辞める事も可能だろう。これだけ社会問題になっている訳だし。

しかし、当時は、パワハラと言う言葉は無かった。

職人の世界ははひたすら耐えるのが当たり前、耐えられなかったら一人前にはなれない、そう言う風潮が有ったからだ。

 

彼は、実に耐えた。

思えば、これが、精神を病む、きっかけの一つだったのかもしれない。

 

コレが、自己入社だったら、辞めていただろうが、縁故入社だからと言うストッパーが有ったから、彼は我慢し続けた。

 

今の時代なら、縁故関係無く、無理はしないで欲しいと思うが。

 

4.新人の洗礼

レストランのコック、ウエイターは、全て男だ。そして、全員、若くて40歳代。50歳平均といった所か。

彼は新人で、未だ20歳。

当然、年の差があり過ぎる。

 

考えても見て欲しい。

初めてやる仕事を、1〜2週間で全て覚えられたら、誰だって苦労はしない。

 

当然の如く、彼はオーダーが来ても、1〜2品ならなんとか、しかし、複数重なると、もう無理、テンパってしまう。

そんな時、レストランの料理長は、他部署の新人とはいえ容赦ない。

『おいテメェ、何チンタラしてんだぁ?客を待たせてんじゃねぇ』

『おまぇさぁ、もっと綺麗に盛り付けられないのか?それやってお前さぁ、給料もらおうっておかしくないか?』

レストランのウエイター部も容赦ない。

『おまぇさぁ、こんな汚い盛り付けのを持って行けると思うか?』

『おまぇさぁ、このデザートいくらかわかってるのか?これ、お前ならカネ払って食べるのか?』

『お前がチンタラしてるせいで客を待たせてるんだぞ?それらって、俺らが客におこられるんだぞ?あぁ?ふざけんな?コラ?』

料理長、ウエイター陣の言う事は間違ってはいない。

ただ、言う相手を間違えてはいないか?

彼は後で振り返る。

普通、レストラン部とケーキ部があって、レストラン部の方へケーキ部の新人が入って来るのは兎も角、その面倒を見るのは、ケーキ部の方、すなわち、苦情言いたかったら、ケーキ部のケーキ部長に言うのが筋のハズ。

それを、新人に直接言って、効果あるハズないだろうと。

まぁ、料理長、ウエイター陣の苦情は、ケーキ部の上司の方へ伝わるが、ケーキ部の方でも責め苦をあう。

『おまぇのせいで、俺らがおこられるんだぞ?』

いゃさ、部下の失態は上司の責任じゃね?とは後で振り返るが、その時の彼は、三重苦の責め苦を味わっていた。

 

料理長、ウエイター陣に、会う度に、またお前か?今日は最悪だわ。他にいないんか?と、愚痴をこぼされる日々。

 

彼は、そんな責め苦にあいながら、3ヶ月経った辺りで、あまりの辛さに、とうとう耐え切れず辞めたくなったと言う。

 

しかし、彼は辞めなかった。

ある、特別な理由が有ったからだ。

 

3.仕事を覚える

仕事とは、楽なものも有るだろうが、基本的には大変であり、常に神経を使う事が多い。

 

彼のパティシエ人生の最初も、正に激動。

レストランのデザートの種類だけでも10種以上あるそれを覚えなくてはならない。

最初は、先輩が付いていて教えてくれるが、徐々に後輩にやらせる。

勿論、最終的には1人でこなさなくてはならない訳だから、先輩は見守る役目になる。

 

彼のイメージの中では、料理のドラマで、主人公が、丁寧に野菜や果物を切っている姿があったと言う。

勿論、ドラマの演出なのだが、現実では先輩に、

『おい、そんなにゆっくりやっていたら煽られるよ?』と言われた。

煽られる、とは、デザートの注文が重った時、ちんたらやっていたら提供が遅れる事を意味する。

かといって、彼は新人で、経験ゼロだ。

即戦力なハズも無い。

しかし、レストランでのデザートの盛り付け方は、先輩は1週間位しか教えてくれない。

逆に、1週間位で覚えなくてはならないらしい。

 

彼は、1週間で覚えられなかった。

その時に言われた先輩の言葉が、

『あのさぁ、いつになったら覚えられるの?俺なんかも1週間で覚えたよ?ホントに不器用でトロイね』

 

仕事の覚えるスピードは、どんな職種でも、人によって早ければ遅い人、マチマチであるハズ。

1週間の基準がわからないが、彼の会社では、それが当たり前だったよう。

他の先輩にも、お前は要領が悪いね、専門学校行ってたんでしょ?それでそんなレベル?余程その学校が酷いか、お前が酷いかだな、と言われ、随分ショックだったと言う。

 

結局、2週間して先輩が痺れを切らし、俺も違う仕事したいから、出来る事はやってね。無理そうなら内線で呼んでね、と言って、彼を1人にした。

 

これで、彼は、頼れる人がいなくなった。

文字通りの独り立ち。

真の地獄の幕開け。

2.レストラン

彼の入社した会社は、ケーキを販売する売店の他に、フレンチレストランがある。

餅は餅屋とは言うが、パティシエと料理人がいる。勿論、売店が有るから販売員、レストランがあるからウエイターもいる。

 

売店のケーキは当然、彼の所属する部署担当だが、レストランで提供されるデザートも、ケーキ部門の担当となる。

 

新入社員や、中途社員等は、必ず最初はレストランでデザートを提供する仕事を与えられる。

とは言っても、ただのデザートでは無い。

例えば、ステーキが1万円する様な高級店だ。

コース料理となれば、高くて2万円する。

そこで仕上げるデザートだ。緊張感は半端では無い。

 

何故、そんな新入りに、高級店のデザート作りを担当させるのか?

根本的に、新卒にケーキ作りが出来無い前提らしい、デザートなら、諸先輩方が作ったお菓子を皿に並べるだけだから、作るよりも簡単だろうと言う事らしい。

 

しかし、デザートと言っても、3種類のコース料理に、単品(アイスクリーム等)でも7〜8種類有る。

作るのは大変なのは兎も角、それらを1人でこなさなくてはなら無い。

 

注文が重なれば1人で10品以上も一度に仕上げなくてはならない。

ファミレスでは無いから(ファミレスが悪いとは言わないが)、長く待たせるわけにも当然いかない。

しかし、そんな不慣れな環境下での業務だ。やるしか無い。

 

彼はその時思った。

ここは戦場だ。

いつかTVで見た、罵詈雑言、殴る蹴るがあった、それと同じ環境だ、と。

 

彼は初めて、社会人としての地獄を見た事になる。

そして、経験する事になる。

 

 

1、夢を抱き、上京

彼はパティシエを目指す為、田舎から東京に上京した。

この当時、彼の田舎には、ケーキ屋が無かったからだ。

学生時代の恩師の縁故で入社した会社は、大変歴史ある会社。

 

彼は学生時代、TV等で料理人の修行する番組を見て、罵詈雑言を浴びて、殴る蹴る姿を見て、現場はこんな感じなのか?と、最初は恐怖を抱いていたと言う。

しかし、入社初日、彼に与えられた仕事は、卵を割ったり、砂糖等を計量したり、後はこの当時は、食器洗浄機がない時代。

膨大な量の洗い物を洗えられていた。

その時の上司、先輩の言葉は、『無理しなくていいらね』と。一様にみんな笑顔。

 

朝6:30に職場入りし、17:00に終わる仕事。

一様に優しくしてくれる先輩、上司。

社会人一年目の初日、彼が感じた事は、TVとかと違うじゃん。思ったよりも楽しい、だったそう。

 

次の日から、悪夢が徐々に襲ってくる事も知らず…

彼は、TVで見た、罵詈雑言殴る蹴るの修羅場を想像していたから、逆に安心したと言う。

はじめに

とある田舎地方に、ブラック企業のハラスメントに身も心も半殺しにされ、車中練炭、首吊り自殺をした男がいる。

幸か不幸か、何方も未遂に終わり、精神障がい者となり入院し、現在、生きた屍と化している。

 

彼は30代後半。

20代の頃は順風満帆だったのが、何処で歯車が狂い、自殺をする程苦しめられたのか?

 

これは、彼の四半世紀の生き様を綴り、社会の闇を曝け出し、彼の様にならない人生を歩んで欲しい為の警鐘として、書いていこうかと思う。